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ときにはぶらりと音楽を:「音楽が前に行かない」って? - 毎日新聞

遠藤 靖典

 いよいよ令和元年も終わり、オリパライヤー。どのような年になり、どのような音楽体験が迎えてくれることか、大変楽しみである。とはいえ、既に2月中にも複数の演奏予定が入っており、他にも決まっている演奏会(演奏する方も聴く方も)があるので、ある程度の予想は立てられるが。

 その2月の演奏会の一つは室内楽である。午前中から夕方まで、多くの団体が入れ代わり立ち代わり、さまざまな曲を次から次へと披露していく。うまい団体もいればそうでない団体もいるが、例年どの団体もしっかりと準備をし、乾坤一擲(けんこんいってき)で臨む姿勢は聴いていて大変に心地よい。無論、自分たちも練習はしっかりと積み重ねてきている……と言いたいところだが、そこは他に本業を持っている者の弱み、朝から晩まで楽器に触れているわけにもいかず、至らぬところはどうしても出てくる。それでもできる限りの準備はしたい。

 そこで、筆者の参加している団体の一つでは、同じメンバー、同じ曲で2回続けて本番に臨む、というポリシーを持っている。せっかく練習したのであるから、本番1回で終わらせるのはもったいない。それに1回だけでは「ここをこうしておけば」という思いの残ることも多い。10回の練習より1回の本番の方が、身体にしみ込むモノが多い気もするし、何よりアンサンブルや音楽が練れてくる。

 そのポリシーでここしばらく続けているのだが、もしかすると(もしかしなくても)最も大きな問題と感じるようになったのは拍の長さ、すなわち拍のスピード(これを一般にテンポといい、「主観的に感じるテンポの遅速、音楽の躍動感、音楽が前に行く感覚」を意味するテンポ感とは違う)である。「何を今さら」というご意見はごもっとも。しかし、拍のスピード(以下、あえてテンポではなくスピードと言うことにする)は演奏者が思っているより随分と大きな問題であるように感じる。逆に言えば、多くのアマチュア演奏家は、スピードの問題を重要とは思っていても、真の重要性より過小評価しているかもしれぬ(プロはそんなことはない……と信じたい)。

 CDやYouTubeで耳にするプロの演奏。これらは大変に自然で美しい。そして、その音楽の持つ躍動感を自分たちでも実現しようとし、練習を録音してプレイバックする。結果、ほとんど全てのアマチュア演奏家が口にする言葉は「音楽が前に行ってないよね」であろう。そこで、自分たちの演奏とプロの演奏をメトロノームで調べると、これまたほとんど全ての場合、値が小さい。すなわち、スピードが遅い。演奏とは面白いもので、演奏者の感じるテンポ感と聴き手のテンポ感にはかなり差があり、演奏者が速いと思っていても周りにはそうは聞こえないものである。

 そこで、次のステップとして、スピードを変えず、テンポ感を上げようとする。スピードを上げない理由は簡単、難しくなるからである。そこで、同じスピードでどうすればテンポ感を維持できるかについて試行錯誤する。例えばシンコペーションの強拍部分を軽く切り上げる、小節の拍の感じ方を変える、などいろいろ試す。そして多くの場合、なかなかうまくいかないのである。

 よく考えたら当たり前の話で、スピードが変わらないのであるから、テンポ感を上げることは技術的に相当に難しい。筆者の愛聴盤にカール・ベームとウィーン・フィルが1980年に来日した際に人見記念講堂で演奏したベートーヴェンの交響曲第7番がある。初めてこの演奏に接したのはNHK FMで、オンエアーをカセットテープに録音して繰り返し聴いた。今ではCDもDVDも発売されていて、テープの擦り切れを心配することもないが、このオンエアーでの解説者の話を忘れることができない。大意になるが、「このところのベームの演奏はスピードが遅く、音楽が停滞することが多かったが、この演奏はゆっくりした中にも大家の風格を漂わせた、堂々とした名演であった」という趣旨の話をしていた。つまり、ベームといえどもスピードが遅いと音楽は停滞しやすくなるのである。超一流のプロでさえそうであるのに、いわんやアマチュアが遅いスピードで前に行く音楽を作るのは至難の業であろう。

 ではどうすれば音楽が前に行くか? すべきことは二つ、スピードキープする、スピードを上げる、それに尽きる。まず、同じスピードで演奏できるようにする。これは指揮者を含めた全ての演奏家の最も基礎的な能力である。それを実現させるためには、たとえ個人練習ではなくアンサンブルであったとしても、メトロノームを使うのが非常に効果的である。実は筆者はアンサンブル時のメトロノームの効果を軽視していた。個人練習ではないのに、なぜ必要なのか、と。しかし、必要なのである。それぞれの団体にはその団体特有のテンポの癖があり、それはメトロノームを使って初めて分かる。一定のスピードで演奏できるためには、メトロノームは必需品である。

 テンポキープできたとしても、そもそもアマチュアの場合、その音楽が本来望まれるより遅いスピードで演奏することが多い。実際、筆者が今手掛けている曲についても、ほとんど全てのプロは四分音符138で演奏しているのだが、筆者らは少し前まで134で演奏していた。どうもテンポ感が悪いということで138にしたら、これが全然違う。134から見ればほんの4の違いなのに、である。これは二つのことを示唆している。一つは、音楽にはそれぞれにふさわしいスピードがある、ということである。もちろんさまざまなスピードで演奏される曲もあまたあるのは承知しているが、少なくとも、最低限のスピードはあるであろう。多くの楽譜には親切な校訂者がメトロノームの数字を入れてくれているし、それが分からなければ、CDやYouTubeで測ればよい。もう一つは、ほんのわずかスピードを上げるだけで劇的に変わる場合もある、ということである。無理に速くする必要はない。ほんの少し、である。

 こう書いていくと何のことはない、メトロノームを使って楽譜指定のスピードで練習しましょう、という至極当たり前の結論になってしまった。まあ、それができたら苦労しないのだが……。

筆者プロフィル

 遠藤靖典(えんどう・やすのり) 大学教授。専門はデータ解析。教育・研究・学内業務のわずかな間隙(かんげき)を縫ってヴァイオリンを弾き、コンサートに足を運ぶ。

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January 20, 2020 at 01:00PM
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