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退屈日記「息子よ、美味しい時には厨房まで行って、美味しいですよ、と言いなさい」 - Design Stories

某月某日、誕生日プレゼントに買ってあげたiPadをとりに息子が来たので、最近、お気に入りのタイレストランに連れて行った。
「よかったな。iPad、これで学校行くの楽しくなるね」
「そうだね」
まだ越したばかりで、親しい店ではない。
でも、とっても美味しいのだ。
息子は今、料理に凝っている。友だちが遊びに来ると、いつも何かを作ってふるまっている、らしい。
「昨日は、ユゴーが来たから、親子丼を作ってあげた」
「ほー、美味しく出来たかい? 鶏肉は臭みがあるだろ」
「うん。でも、種類によってはぜんぜん臭みないよ。お酒と味醂使うから、大丈夫」
「ほー」
写真を見せてもらったが、かなり本格的な親子丼であった。
そこに店主がやって来た。
ぼくらは魚の赤いカレーと、鶏肉のブロシェット(サテーのようなもの)を頼んだのだ。息子は付け合わせにソーセージの炊き込みご飯も注文していた。あ、パッタイも!!!
「一言いいですか?」
ぼくは背の高い強面の主人に告げた。
息子はこういう時、じっと横で聞いている。ぼくの仏語に大きな間違いがあると、口を挟んでくるが、普段は黙っている。
「はい、どうぞ」
「ぼくはタイに何度も行きましたが、ここの料理は本場に負けないくらい美味しいですよ。いろいろと食べましたが、実に美味しい、深みがある」
すると強面の店主が満面の笑みになった。
「日本人でしょ?」
「ええ、そうです。この味がパリで食べられることは光栄なことです」
すると店主はもっと笑顔になった。

退屈日記「息子よ、美味しい時には厨房まで行って、美味しいですよ、と言いなさい」

退屈日記「息子よ、美味しい時には厨房まで行って、美味しいですよ、と言いなさい」

「ぼくは日本が大好きで、あなたたちは本当に美味しいものをよく知っているから、褒められると嬉しいですね」
横で息子がじっと聞いている。
「このカレー一つにしても、ソースのベースがしっかりできていて、いくつものスパイスがバランスよく、使われています。歴史を感じますね。長いんでしょ? ここで店を出されて」
「はい、42年になります。父親が開いて、ぼくで二代目なんです。入口にいるのが妻です」
「知っています、素敵な奥様だ。トムヤンクンを最初に頂いて驚き、パッタイがまた独特で、やられました。丁寧に鶏肉はマリネしグリルされているから、実に美味しいです」
息子はじっと聞いている。
ムッシュは、父親がどんなに偉大だったかを語りはじめた。その味を受け継いで、フランスで広めていくのがどんなに大変で楽しかったのか、を語った。
一瞬、息子を見た。柔らかい表情で訊いている。
この店に初めて入った時、この背の高い強面のムッシュは常連客に引っ張りだこであった。各テーブルを回り、みんなと世間話をして、時にワインを飲まされていた。
このカルチエの人気者なのだ。そして、実際、これらの料理を口にした時、その歴史や伝統をしっかり彼が受け継ぎ守っているのだろう、とすぐに気づくことが出来た。いつか、話をしなきゃ、と思っていた。

退屈日記「息子よ、美味しい時には厨房まで行って、美味しいですよ、と言いなさい」

ムッシュが去った後、ぼくと息子はタイの想い出について語り合った。
この子が小さかった頃、一緒に、バンコクに行ったことがある。
「作ってみようかな。タイカレー」
「ココナッツのカレーがいいよ」
「友だちにぼくのオリジナルのカレーを食べさせたい。様々なスパイスを買って、作りたい。パパ、教えてね」
「タイカレーのことはよく知らないけど、パパが昔、スリランカを旅した時に習ったカレーの作り方を教えてやる。スパイスには二種類あってね、ホールスパイスとパウダースパイスだ。ホールは、ローリエ、シナモン、カルダモン、クローブ、などで、香りを引き出す。パウダーは、チリ、コリアンダー、ターメリックなどで、味を引き締める役割だ。最初にホールスパイスを玉ねぎと弱火で炒めていき、これはグーラッシュの行程に似ている。玉ねぎのルーが出来たら、そこにトマトソースなどで味を調え、最後にパウダースパイスをいれて、味をグンと引き出す。慣れないとちょっと難しいけれど、君なら出来る。この後、鶏肉や野菜を入れて、水をひたひた、あとは日本のカレーと一緒かな、煮込んでいく。わかった?」
「うん、やってみる」

退屈日記「息子よ、美味しい時には厨房まで行って、美味しいですよ、と言いなさい」

食べ終わり、お会計をしていると、先の主人がデザートを持って戻って来た。
「これ、ムッシュ、食べてってください」
タイのプリン、「フラン」とココナッツのアイスクリームであった。
「パパ、凄いね、食べたことないね、このフラン。暖かくて美味しい」
「ココナッツのアイスと一緒に食べてごらん、これは凄いよ」
ムッシュは上機嫌だった。
「美味しいレストランでは、きちんと美味しいということを相手に伝えることが大事だよ。みんな誇りをもって生きている。感動を伝えることで、相手も自分も嬉しくなる。どの世界に行っても、そのことだけは忘れるな。どの世界に移り住んでも、それさえできれば、そのカルチエ(街)で生きていくことが出来るんだよ」

つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
実に美味しいタイレストランでした。新しいカルチエで、少しずつ新しい味を開発、発見しています。息子が住んでいる13区のイタリア人街でも美味しいベトナムレストランと親しくなりました。本当に美味しい時には、そのことを伝えましょう。料理人が喜ぶ顔が大好きです。
さてさてさて、そんな味にうるさい父ちゃんが、もう一つの本業でもある文筆家として、講師をやる、熱血オンライン文章教室が、今年もまもなく、1月29日に開催されます。本年度一回目ですけど、応募いただいた60編くらいのエッセイの中から、こうしたらよくなるよね、という文章を選びまして、一緒に推敲方法や、構造調整や、文章の書き方などを細かく、指導してまいりたいと思います。大事なことは、どうやったら、人を感動させられる文章を書くことが出来るのか、ということ。アマチュア、セミプロの皆さんを対象に、勉強会やってみたいと思います。ご興味ある皆さんは、下の地球カレッジのバナーをクリックしてみてくださいませ。

地球カレッジ

退屈日記「息子よ、美味しい時には厨房まで行って、美味しいですよ、と言いなさい」

そして、5月29日のオランピア劇場での父ちゃんの単独ライブ、これはね、たぶん、もう生涯で一度しかできないライブだと思います。間違いなく、ぼくの歴史の中で、最高の瞬間になるはずだから、見に来てほしいです。
チケットは、パリのピア、こと、フナックのチケットセンターで普通に購入することが出来ます。
さらに、日本からの皆さまには、朗報。
JALパック・パリが企画したライブ翌日のランチ会が「完売」したことを受け、参加できなかった人のために、当日、追加でランチ会がもう一回行われることになりました。まだ、先のことですが、パリ旅行を計画されている皆さん、ご参考ください。詳しくはこちらの、URLをクリックしてみてください。

5月30日 辻仁成 オランピア公演記念 『感謝!Merci!』 トーク&ランチ会 《追加設定》

そして、NHKの「パリごはん」来月、新作(秋冬編)が登場をします。
2023/2/17(金)後10:00~10:59【BSプレミアム・4K同時】です。ついにちくわず男の義和Dが編集に入った模様です。4か月半に及ぶ、父ちゃんのアフター子育ての記録です。引っ越しあり、三四郎との旅もあり、てんこもりですぞ。
「辻仁成のパリごはん 2022年秋冬」(59分)
そして、再放送もあります。
2023/2/21(火)後5:00~5:59【BS4K】※再放送
2023/2/21(火)後11:00~11:59【BSプレミアム】※再放送

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