中野 今日は「音楽を演奏する側の効能」についてお聞きしたいのですが、日頃演奏されているCocomiさんの場合、演奏するときの快感と曲を聴くときの快感は違いますか?
Cocomi やはり違いがあります。聴いているときはまったく心配もせずに快感に浸ることができますが、自分で吹いているときには音楽に快感を覚えながらも、どこかに少し緊張が。「ここを間違えないように」という思いが頭の片隅にあるんです。
一方で、ホールで演奏しているとき、音がとてもよく響いて吹いていて気持ちいいと肺いっぱいに深呼吸できているような気持ちよさがあります。ホールで演奏しているときの快感は特別な感じで、これは音楽を聴くという受動的な行為では得られないものです。
中野 演奏する場所や状況によって、快感は変わりますか?
Cocomi 変わりますね。以前、クリスマスのイベントで、人通りのあるところで演奏したことがあるのですが、ふと足を止めて耳を傾けてくれる人がいたり、音楽に合わせてリズムをとってくれる人がいたりして、とても楽しかったです。ホールで演奏する場合は、ステージに上がった瞬間に自分が主役になるので、先ほどもお話したように、快感だけでなくプレッシャーもあります。それでも、響くところで演奏するのがいちばん気持ちいいですね。
ホールではないのですが、サロン・コンサートも好きです。19世紀にはサロン・コンサートがさかんに開かれていたんですよね。有名なところでは、作曲家のメンデルスゾーンの姉のファニー・メンデルスゾーンは自宅を音楽サロンとして開放して、そこで弟や自分の作品を発表していました。私も昨年末に、初めて自身の先生のご自宅で行われたサロン・コンサートで演奏させていただいて、本当に楽しかったです。コンサートのあと、演奏者も聴いてくださったお客様も一緒にお茶やお菓子をいただきながら交流することもできて、ぜひまた機会があればと思っています。
中野 室内楽はもともと音楽と人との交流がセットになって、演奏家や作曲家と聴衆がインスピレーションを与え合う話ですものね。
Cocomi はい。お客さんとの距離が近くて、顔が見えるとうれしいですし、高い密度で受け取っているものがたくさんあるように感じます。
中野 自分の演奏でお客さまが楽しんでいらっしゃるのがダイレクトに伝わってきますしね。そうした機会がたくさんもてるといいですね。
「自己効力感」が人を癒やす。
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中野 サロン・コンサートの話にもつながるのですが、音楽を演奏することの楽しみの一つに、「自己効力感」ということがあります。対象・相手に対して自分が影響を及ぼしていることが実感できると、人間はうれしいと感じるんですね。誰かのことを助けてあげられたとか、この人を楽しませてあげられたとか。
Cocomi 自己顕示欲と近いところもあるのでしょうか。
中野 いえ、そこまでギラギラしてないので大丈夫です。人は「自分が世界に対して何か影響を与えることができた」という感覚をもつことで安心する、ということです。つまり、「自分はここに存在しているのだ」という実感が生まれるからなんですね。その感じは、人が生きていく上で必要なものでもあります。音楽の演奏は、この「自己効力感」を最も強く感じられる行為の一つなんです。
Cocomi 「自分にも価値があるんだ」という安心感につながるんですね。
中野 そのとおりです。例えば、人は落ち込んだときに癒やしが必要になりますが、誰かに慰められることよりも、落ち込んだ人が誰かに対して自己効力感を発揮できることのようが、癒やしになるんです。このことについては、こんな実験があります──入院患者の方へのお見舞いに花を贈るとき、「このお花のお水を変えてくださいね」とお願いした場合と、「お花の世話はこちらでしますから何もしなくて大丈夫です」と伝えた場合では、前者のほうが患者の予後がよかったんです。つまり、人に何もかもやってもらうよりも、自分に何かやることがあって誰かの役に立っていることを感じるほうが、元気になれるんです。
Cocomi 人に必要とされているという意識に意味があるんですね。
中野 そうです。音楽を演奏する立場にいるということは、この点でとても大きな意味がありますね。人に喜びや癒やしを与えられるし、そのことで自分も喜びや癒やしを与えられる行為です。だから、健康でもいられます(笑)。
Cocomi はい、健康です(笑)。
中野 Cocomiさんはフルートのほか、子供の頃はヴァイオリンを習っていらしたし、ピアノも演奏されますね。楽器の違いはどんなふうに感じていらっしゃいますか?
Cocomi ヴァイオリンは旋律楽器ですが、弦が4本あるので1度に4つの音まで鳴らせます。逆に、フルートはほとんど重音は使わないので、ピアノの伴奏があるほうがドラマティックに奏でられる楽器だといえます。また、フルートは管楽器なので、自分の呼吸を通して、身体から直接奏でているという感覚が強くあります。言うなれば、歌うことに近いなと思っています。
中野 面白いですね。不思議なのですが、音楽大学やプロのオーケストラでも「この楽器の演奏家はこういう性格」というステレオタイプみたいなものが存在するんですよね?
Cocomi ありますね。
演奏をともにする人との相性=神経活動の相性。
中野 いちばん顕著なのは「声楽家は惚れっぽい」とか。なぜかなと考えてみると、多くの人と合わせることが多いとか、身体性をより重視するから理性よりも感覚が優位になりやすいのかな、とか、まだ科学的研究が進んでいませんので断言はできないけれども、理由は見つかりそうです。四重奏などもありますが無伴奏で演奏される機会が多いヴァイオリンよりも、概ね伴奏の方と演奏するフルートのほうが、より協調性の高いパーソナリティに寄っていく、ということはあるかもしれません。
伴奏の方との相性はやはり大事ですか? 一緒に演奏するのに息が合う人、合わない人というのはあったりしますか?
Cocomi あります。不思議なことに、もともと友達としては抜群に相性がよい人なのに一緒に演奏するとなると「ん?」となったりすることもあったりします。そういうとき、「友達であっても、音楽性は違うんだな」と実感します。
中野 なるほど。そうすると、いろんな人と演奏してみて合う人を探したりすることもあるのですか?
Cocomi はい。高校からは音楽科に進学していて、周りがみんな音楽の道を目指す人たちなので、コンクールなどの演奏の機会があると、友達や同級生に声をかけてお願いするようになりました。そうやっていろんな人と演奏して、研究したりしましたね。
中野 友達としての相性の決め手には、共感することや笑うポイントが一緒ということがあると思うのですが、音楽の相性はどんなことに左右されるのでしょう? リズム感とか?
Cocomi 前回の対談で、中野先生から「音楽は合法に脳の快感物質が出せる」というお話がありましたが、その音楽のどんなところに快感を感じるのか、ということだと思います。快感を感じる場所が同じというのがいちばん大きいのではないでしょうか。
中野 気持ちいいポイントが一緒、ということなんですね。
Cocomi 音楽を一緒に聴いているときに叫ぶポイントが一緒、とか。音楽を聴いてて、「ハッ!」と思わず声に出してしまうところが一緒だったり(笑)。
中野 なるほど! ニューロンが発火するリズムが一緒、とかかな。
Cocomi 「この和音が大好き!」とか。「ここで強弱を一瞬柔らかくするところがたまらない!」とか、そういうところから、「あ、あなたと私、とても合うね」と認識します。
中野 それはすごく面白いですね。音楽の相性=神経活動の相性、と言えるかもしれません。
Cocomi 演奏するときに相性のいい人とは、好きな曲も似ることが多いですし、好きな作曲家の傾向も似ていることが多いです。
中野 ちなみに、Cocomiさんの好きな作曲家は?
Cocomi ラヴェル、フォーレ、ドビュッシーが好きです。
中野 フランスの作曲家ですね。
Cocomi フランスの作曲家、好きですね。フルートの音楽は、フランスの作曲家の作品が多いということもあるのですが、流れるような旋律、音楽性でできあがる曲、ロマンティックな曲が好きです。
中野 おっしゃった作曲家の作品は、どれも情景の浮かんでくるような曲ですよね。音を聞いて情景が浮かぶようなことというのは、ある音を聞いて特定の色が見えるといった「共感覚」にも通じるのでしょうか。
Cocomi そういえば、私の場合、楽譜を見て演奏していると、音が色で見えてくる感じはすごくありますね。「あ、この音は紫!」とか「あ、ここは黄色!」とか。
中野 Cocomiさんの場合、その色というのは、音に一対一対応でついているのか、それとも旋律に色がついている感じですか?
Cocomi 旋律でしょうか。
中野 「共感覚」については、狭い意味と広い意味があると理解するとわかりやすいと思うのですが、実験などに参加してくださる狭い意味の共感覚者の方は、ある音はその色以外の色には見えないと言います。その波長の音を聴いたら特定の色が自動的に出てきて、その色は自分では変えられないんですね。
一方で、広い意味での共感覚としては、Cocomiさんのおっしゃる感じで、「あ、この曲のこの部分が水色」です。指揮者の西本智実さんもそうで、音そのものに色がついているというよりは、曲のある部分の旋律に色を感じるそうです。Cocomiさんが音楽を色で感じるようになったのは、子供の頃からですか?
Cocomi 気づいたらそうなっていました。ヴァイオリンを始めたころから、「あ、ここはこんな色だな」とか「こんな景色だな」とか感じていましたね。
中野 やはりジブリ映画が音楽の原体験になっているので、そこから伸びていったものが大きいということもあるのかもしれませんね。情景とマッチしやすい音楽に親和性が高く、情景を感じさせるものを好きになる感性を持っていらっしゃるのでしょう。Cocomiさんは作曲もされるのですか?
Cocomi 作曲は今まではあまりしていなかったのですが、実は今、取り掛かっていることがあるんです。私はディオール(DIOR)のアンバサダーとして、ショートフィルムのなかでフルートを少し吹いたのですが、実は、ディオールと音楽というつながりをめぐっては、アンリ・ソーゲという作曲家がディオールの設立のお祝いのためにつくった「Miss Dior」というピアノ曲があるんです。この曲が3小節弱で終わる短いものなので、その続きをつくってみようと思っているのですが……簡単ではないですね(笑)。フルートだけだと物足りないと思うところもあって、ピアノでも挑戦しています。
中野 複数の楽器を演奏したり、作曲に挑戦することは、脳にとってもよいトレーニングですね。
悲しいときには悲しい曲を演奏する。
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中野 フルートは呼吸を通して奏でるので歌っている感覚により近いというお話がありましたが、歌の道を考えたことはないのですか?
Cocomi それはないのですが、でも、この2年ほど、高校の副科として声楽も学んでいました。フルートの演奏を豊かにするのが目的です。
中野 声楽を習うことで、フルートの演奏にもよい影響があるのですか?
Cocomi どこで息をすればより相手に伝わるのか、まとまりよく心地よく聴いてもらうためにはどこからどこまでを続けてスムーズに歌ったり演奏したりすべきなのかがよくわかって、細やかに表現できるようになったと思います。個人的には、声楽を習ってからのほうが、友達にフルートの演奏を聞いてもらったときにほめられるようになりましたね。「あ、ここの表現、よくなってるね」とか。
中野 なるほど。それは、脳科学的にも説明ができそうです。人間の認知、つまり、外の世界を理解することには限界があって、何でもかんでもというわけではないんです。意外と脳は賢くないというか(笑)。ではどういうものが理解しやすいかというと、よく触れているものは理解しやすいんですね。フルートの音はものすごく珍しい音ではないですが、でも、普段私たちが話したり歌ったりする声と比較した場合、声のほうがずっとなじみがあって、親近性(ファミリアリティー)が当然ながら高いんです。ファミリアリティーの高いもののほうが、私たちは理解がしやすい、あるいは、理解していなくても理解した気持ちになりやすい。
そうすると、「フルートの音をよく響かせよう」と思って吹いているときと、「人の歌声のようにフルートを響かせよう」と思って吹いているときとでは、後者のほうがより人が話しているのに近い響かせ方ができているんだと思います。ファミリアリティーの高いやり方を理解してから吹くことによって、より伝わりやすく共感されやすい演奏になった、と言えるんだと思います。
Cocomi そいえば、歌うような曲、つまりテクニカルなことよりも旋律を大切にしている曲を演奏するときには、英語やフランス語であてはまるような詩的なフレーズや言葉を思いうかべてから吹いてます。例えばパッシォンとか、ジュ・テームとか、ごく簡単なフレーズではあるのですが、フランス語の言葉だとイメージが豊かに膨らむ感じがします。それをするかしないかで、演奏は大きく変わる実感があります。
中野 とてもいいことだと思います。
Cocomi よかった、続けます。同一性の原理のお話で、悲しいときは悲しい曲を聴いたほうが、元気な曲や楽しい曲を聴くよりも癒やされるというお話がありましたが、それは演奏する曲の場合にもあてはまりますか?
中野 もちろんそうです。演奏する場合はなおさら強く働きますね。なので、私も悲しいときは悲しい曲を弾きます。
Cocomi 中野先生も楽器を演奏されるのですか?
中野 はい、といってももちろんプロではなくて、趣味でピアノを。よくストレス解消で一人カラオケに行く人、いらっしゃいますよね。それと同じですね(笑)。
Cocomi ピアノ……中野先生は、ショパンを弾いていらっしゃる気がします。
中野 よくわかりますね! なぜわかったのですか(笑)?
Cocomi なんとなく雰囲気で(笑)。話し方とか。
中野 感覚が鋭いんですね。
Cocomi ショパンが好きそうだな、って。
中野 こういう雰囲気や性格の人はこういう音楽が好き、ということを見通す感覚が、長年、音楽を学ぶ人たちと一緒に過ごしてくるうちに身についたのかも?
Cocomi たしかに、性格が強い人の演奏というのはありますし、そういう人はこういう曲や作曲家が好きだよね、という傾向はありますね。例えば、迫力があって、パワーも出せるという人ならリストだよね、とか。
中野 わかります。Tボーンステーキとか食べちゃいそうな人(笑)。
Cocomi ドビュッシーとかも、好きそう。
中野 あ、好きです。よくわかりますねー! すごい……。芸術家ならではの、すばらしい感性ですね。
Cocomi ありがとうございます。
Profile
Cocomi
音楽家。東京都出身。3歳からヴァイオリンを、11歳でフルートを始める。現在もフルートをN響・神田寛明氏に師事。また、ヴラディミール・アシュケナージ、エマニュエル・パユのマスタークラスを受ける。2019年、日本奏楽コンクールで最高位(1位なしの2位)を受賞。管楽器部門1位とともにフランス近代音楽賞受賞。ヤマノジュニアフルートコンサートコンクール優秀賞3回、最優秀賞1回並びに特別賞受賞。また、2018年、2019年と2度全日本学生音楽コンクールを受け、2度入選するほか、コンクール歴多数。桐朋女子高等学校音楽科卒業。
中野信子
東日本国際大学特任教授、脳科学者、医学博士。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了後、フランス原子力庁サクレー研究所で研究員として勤務。現在はTV番組のコメンテーターとしても活躍中。著書は『あなたの脳のしつけ方』(青春出版社)、『女に生まれてモヤってる!』(ジェーン・スーとの共著、小学館)、『毒親 毒親育ちのあなたと毒親になりたくないあなたへ』(ポプラ新書)など多数。
問い合わせ先/
クリスチャン ディオール 0120-02-1947
ザ・ロウ・ジャパン 03-4400-2656
ステディ スタディ(TOMWOOD) 03-5469-7110
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Photos: Kazumasa Kawasaki Stylist: Chie Atsumi Makeup: Yusuke Saeki (for Cocomi) Hair: Shuco(for Cocomi) Hair make: Akane Nosaka (for Nobuko) Interview & Text: Junko Kawakami Editors: Maki Hashida, Kyoko Muramatsu
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