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だじゃれで超える分断。音が繋ぐ人。『だじゃれ音楽祭』のロマン - CINRA.NET(シンラドットネット)

だじゃれを使って本気で世界を変えようとしている人たちがいる。作曲家の野村誠が2011年に発案し、現在までさまざまなプロジェクトが進められている『千住だじゃれ音楽祭』がそれだ。

東京都足立区の千住を拠点とするこのプロジェクトには、地域住民を中心とする老若男女が参加。だじゃれを言い合いながら、新しい「音楽の場」を生み出している。これまでに千住の銭湯を会場とする「風呂フェッショナルなコンサート」や定期演奏会「音まち千住の大団縁」のほか、インドネシアやタイなどアジア諸国での国際交流企画も行われてきた。

2014年には千住の魚河岸「足立市場」を舞台に、1010人の参加者が音を奏でる大イベント『千住の1010人』を開催。今年はさらに規模を拡大した『千住の1010人 in 2020年』が開かれることとなった。千住だじゃれ音楽祭が千住の街で実践してきた社会変革の試み。その背景にあるものについて、野村に話を聞いた。

だじゃれ音楽ってなに? 言葉から生まれる音楽で穏やかに突破した、音楽理論の壁とアートの敷居

『千住だじゃれ音楽祭 “千住の1010人”』の模様。千住の人々が分け隔てなく音楽を奏でる

―まず、野村さんが掲げていらっしゃる『だじゃれ音楽』のアイデアがどのように生まれたのか、改めて教えていただけますか。

野村:「だじゃれ音楽」について考え始めたのは僕が40代に入った2009年頃で、ちょうど若者から中年への移行期だったんですね。自分の脳もここからおっさん脳になっていくだろうし、20代の頃にできなかったことができるんじゃないかと思っていました。

そもそものきっかけはというと、2006年に取手アートプロジェクトでゲストプロデューサーをやることになって、公募で若いアーティストを20組ほど選出した「あーだ・こーだ・けーだ」というプロジェクトでした。そのとき、だじゃれの要素が入ったプロジェクトが結構あったんですよ。たとえば特殊写真家の山中カメラが、オンド・マルトノという楽器をもじった“マルトの音頭”という盆踊りを作ったり。面白いのだけど、「だじゃれで国際的に展開するのが難しい。せっかく言葉に限定されないアートをやってるのに日本語に限定されるアートは狭いな」とも思ったんですね。

―確かに日本語の話者じゃないと“マルトの音頭”のおもしろさはピンとこないかもしれないですね(笑)。

野村:そうなんですよ。でも、だじゃれって昔のかけ言葉から続く文化でもあるし、これを使った国際展開を考えていったほうがおもしろいんじゃないかと思うようになって。当時から「日本語が分かる人しかアクセスできないというのはどうなんだ?」などと国際基準で考えてしまう自分自身の思考回路を覆したい気持ちもあったんです。「インターナショナルな展開がどうこう言う前に、だじゃれのひとつぐらい言えないのはどうなんだ?」って(笑)。

野村誠(のむら まこと)<br>作曲家、鍵盤ハーモニカ奏者、ピアニスト。8歳より独学で作曲を始める。京都大学理学部数学科卒業後、ブリティッシュ・カウンシルの招聘で英国ヨーク大学大学院にて研修。動物との即興セッションを行った映像作品『ズーラシアの音楽』や『プールの音楽会』などを国内外で発表。その後も既成概念にとらわれない音楽活動、アートプロジェクトを展開する。近年はだじゃれから音楽を生み出す「だじゃれ音楽」を手がけ、ディレクターを務める『千住だじゃれ音楽祭』では2020年、まちの人々1010人が同時多発的に音楽を奏で、一箇所へ向かっていく壮大なプロジェクトを企画している。
野村誠(のむら まこと)
作曲家、鍵盤ハーモニカ奏者、ピアニスト。8歳より独学で作曲を始める。京都大学理学部数学科卒業後、ブリティッシュ・カウンシルの招聘で英国ヨーク大学大学院にて研修。動物との即興セッションを行った映像作品『ズーラシアの音楽』や『プールの音楽会』などを国内外で発表。その後も既成概念にとらわれない音楽活動、アートプロジェクトを展開する。近年はだじゃれから音楽を生み出す「だじゃれ音楽」を手がけ、ディレクターを務める『千住だじゃれ音楽祭』では2020年、まちの人々1010人が同時多発的に音楽を奏で、一箇所へ向かっていく壮大なプロジェクトを企画している。

―では、だじゃれ音楽について具体的に取り組むようになったのはいつごろなんでしょうか。

野村:言葉遊び的アプローチは東日本大震災の前から始めてたんです。ただ、その段階では「だじゃれ音楽」という概念はまだ存在していなくて、言葉から着想して音楽を作るというやり方を試していました。たとえば“福岡トリエンナーレ”という曲であれば、「福岡トリエンナーレ」という言葉を「ふく」「おか」「トリ」「エン」「な」「あれ」と分解し、それを演奏の指示として使ったり。「ふく」といったら楽器を吹く、「おか」でおかしな音を出し、「トリ」でトリルし、「エン」でえんを描くように演奏するという。

―なるほど、おもしろいですね。

野村:音楽の論理としては何の辻褄もないアイディアが結びつくんです。逆に言えば、論理では発想できない飛躍があって、ある種、自分のなかにある音楽の発想を逸脱できるわけで、こういう作り方っておもしろいんじゃないかと思うようになったんです。で、こういう音楽って何と呼べばいいんだろう? と考えるなかで「だじゃれ音楽」という概念が浮かび上がってきたんです。

―そうしたアイデアが2011年の『千住だじゃれ音楽祭』発足へと繋がったわけですね。

野村:そうですね。千住には地口行灯(芝居のセリフなどをもじった言葉遊びを行灯に描き、神社に奉納する)の文化があるんですけど、あれも一種のだじゃれ。千住にはもともとそういう土壌があるし、だったら千住を「だじゃれ音楽の聖地」にしてしまおうと(笑)。

だじゃれをヒントに、アートプロジェクトにおける「おじさん」への寛容さを作ろう

野村誠

野村:9年前に千住をリサーチしてみて、町の雰囲気と東京藝術大学(千住キャンパス)の佇まいが分離してるように見えたんです。町に全然溶け込んでいなかった。ハイアートの象徴である東京藝大に、その対極にある「だじゃれ」という限界芸術をぶつけて、価値観を揺るがし混沌とさせてしまいたい。そうすることで生まれるものがあるんじゃないか。そういうことも考えていました。

―CINRA.NETでは2012年の10月にもお話を伺っていますが、そのときには「境界線のこっち側とあっち側で対立するだけでは日本は変わらない。だから、まずは意見の違う人と会いたいと思いました」と話されていました。だじゃれ音楽の原点には、社会の分断に対する野村さんの問題意識もあったわけですよね。

野村:アートプロジェクトの現場に関わってみると、とにかく活発な女性が多いんだけど、その代わり、おじさんはあまりいないことが多い。自分もおじさんに分類されるわけで、アートプロジェクトをやるうえで彼らが来やすい店構えにするにはどうしたらいいんだろうということを考えていました。だってね、現時点では、国会議員だっておじさんばっかりじゃないですか。

―ジェンダーバランスが圧倒的に良くないですよね。

野村:そうですよ。それは、絶対に変えていきたい。でも、逆の意味でアートプロジェクトもジェンダーバランスが良くないから、まず、こっちから変えてみようと思った。おじさんをより多く招き入れる方法としてだじゃれは有効なんじゃないかと考えたんです。もちろんだじゃれ音楽だけで社会が変わるとは思わないけど、変わっていくために一石を投じることになるんじゃないかとも思っていて。

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March 26, 2020 at 05:02PM
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