今年、デビュー50周年を迎えた細野晴臣さんへのインタビュー。後編は、細野さんの音楽の聴き方や、公開中の自身のドキュメンタリー映画『NO SMOKING』で語っていた、今のバンドに欠けている“秘伝のタレ”について深掘りして聞いた。細野晴臣さんが思う、いまの音楽の面白いところ、足りないところとは?
>>前編 細野晴臣 “巻き込まれ型の50周年”記念インタビュー
好きな音楽を聴く時は音質にこだわらない
音楽の聴き方について――。例えばオーディオにこだわる人もいる中で、細野さんはどうなのだろうか。
「場合によるんですけど、だいたい、その音楽が好きな場合は音質にこだわらないんですよね。例えば『あの曲、何だったかな?』とか気になったことはインターネットで検索して、そのままYouTubeで聴いちゃったりするんで。あとはiTunesとか」
特に細野さんの世代で、パソコンから流れてくる音をこれだけポジティヴに捉えている音楽家は珍しいのではないか。
「かもしれないですね。ひとつには、聴く立場と作る立場で違うんですよ、音に対する接し方が。作る時は大きなスピーカーをフルボリュームにして、良い音を作ろうという気持ちが強い。常に良い音を探している。
ただリスナーとしては、良い音楽はちっちゃい音量で聴いても良いから。あるいは『つまんない曲だな』と思ってボリュームを上げて聴くと、『ああ、音は良いんだ』とかね(笑)」
昔、評論家・コラムニストの植草甚一が安価で小さなレコードプレイヤーでジャズを聴いていたというエピソードを思い出す。
「ああ、わかるなあ。僕自身、本当にそうやって一般の人々と同じように音楽を聴いてますからね。特殊な聴き方をしてるわけじゃなくて。オーディオマニアの人には憧れますよ。自分のリスニングルームを作って、理想的な音でレコードを聴くのは、なかなか贅沢な趣味ですよね。でも自分はやらない、というか、やれない(笑)。
今はCDやレコードは専用の倉庫に入れてあるんですよ。自分のアーカイヴはいっぱいありますから、全部データ化して保管してあります。だからパソコンさえあれば大丈夫なんです」
音楽ビジネスの変化でいうと、最近またアナログレコードの復権の動きもあるが、レコード、CDから、ダウンロードやストリーミング配信へ……特にここ10年くらいは劇的な変化が進んでいる。この流れを細野さんはどう見ているのだろうか?

©2019「NO SMOKING」FILM PARTNERS
「僕はもともとレコードで育ったんで、アナログ再生の音は大好きなんですね。ちっちゃい頃はSP盤(1970年頃まで生産されていたシェラック素材の78回転レコード)でしたし。それでアナログからCDに変わった時にちょっと抵抗があったんですよ。『音があんまり良くないな』って。でもだんだん耳が慣れてきちゃって(笑)。『ま、いっか』みたいな。
流れには逆らえない。こちらの耳も現在に至るまでの聴き方の層が重なっていくもので、“慣れ”も含めてリスナーとしての耳の感覚も勝手にアップデートされちゃうんでしょうね。善し悪しは別にして、ですけど」
音楽も、二番煎じ、三番煎じはおいしくない
「今の時代の音はすごく面白いなって思うんですよ。いろんな意味で変革期だなって。今までと違う音が聴こえてきたりするんです。“音像”が変わってきたってことですかね。
ヘッドフォンで聴くと良く分かるんですけど、最初、その変化に気づいた頃は耳が取りつかれましたね。聴いたことのなかった音像の心地よさに、心が奪われるんですよ」
細野さんは一時期、流行音楽の“音像”が変わってきたことに注目(注耳?)していたという。
「例えばマイケル・ジャクソンの晩年の作品とかブリトニー・スピアーズの最盛期とか、あの頃から今までになかった音の表情が聴こえるようになってきて……。最近はもっと進化していて、例えばテイラー・スウィフトもすごい音がする。ちっちゃい音量で聴くとわりと普通のポップスなんだけど、実は音が複雑にデザインされているというか。
一時、そういった音像の変化にすごく心を奪われていたんですけど……。ただね、しばらくするとちょっと飽きてきて(笑)。自分の興味はそんなに長くは続かなかったですね。
もう一方では非常にパーソナルな音世界を作ってくる作家主義があってね。インターネット世代と言いますか、若い皆さんがそれぞれのやり方で良い音を作ってるんで、今はそちらに可能性を感じています。ただ僕自身の音作りと言えば……どっちつかず(笑)。どのスタンスで行くかは固定していないというか、まだ決めかねてる」
メジャーな音とインディーな作家主義の音の両方に刺激を受けた細野さんの、その狭間にある何か鳴ったことがない音……。
「そんな感じです。だから『HOCHONO HOUSE』の音作りに関しては、迷いながらやってたってところもありますね」
思えば自身の半生と音楽活動を振り返ったドキュメンタリー映画『NO SMOKING』の中で「今のバンドには“何か”が欠けている。秘伝のタレのようなもの」という印象的な発言があった。その“何か”にはどんな思いが詰まっているのだろう。もうひと言付け加える言葉はないか聞いてみた。

映画『NO SMOKING』全国順次公開中 詳細はhosono-50thmovie.jp ©2019「NO SMOKING」FILM PARTNERS
「う~ん、ひと言はないな……(笑)。足りない感じがするかな?っていう程度で。難しい。わからないですよ。僕はわりと衝動的なところが強いですからね。音楽を聴いて“これ良いな”って思う瞬間があるんですけど、それは分析じゃないんですよ。感覚なんです。匂いとか触覚とかと同じで、心が躍るとか、感情が揺さぶられるとか。非常にフィジカル(肉体的)な感覚。それが今の音楽にはちょっと足りないなっていう感じです。
子供の頃はブギウギを聴いて、反射的に踊り出しちゃうってことがあったので。ロカビリーもロックンロールもそうでした。面白いポップ・ミュージックってみんなそうだったんで。理屈の前に気持ちやカラダが動くというか。それが当時の“新しさ”だったんですね」
なるほど、この音像の問題は映像に似ているかもしれない。テクノロジーの進化に連れて映像の質はどんどん更新される。ただしCGIやVFXの発展と共に失われていくのは、まさに生身の肉体性だ。
「ただヴァーチャル的な映画も素晴らしく成長する時はいろいろ発見があって面白い。そういう時期もあるでしょ? だけど最新の手法をみんなが使い出すと、何か平均化されて面白くなくなるっていう。音像も映像も、それが今の感じですよね。お茶と同じで二番煎じ、三番煎じはおいしくないんです」
最後に、細野さんの音楽に影響を受けたと自ら語る“フォロワー”のアーティストたちの音楽を、細野さん自身はどのように聴いているのだろうか。
「うーん……あんまり聴かない(笑)。というか、僕に影響を受けたと言ってくれる人の音楽を聴いても、『どこに自分の影響があるんだろう?』ってわからないことが多いんです。
ただ最近、15歳のキーポン(KEEPON)君っていう子がね、いろいろ自分の音源を送ってきてくれて、それはびっくりしました。僕の曲のカヴァーを送ってきてくれて。『パーティー』と『終わりの季節』。オリジナルも面白いですね。それが非常にはっぴいえんど的だったり、大瀧詠一にそっくりの声だったり。僕が作るような曲だったりね。こんな子がいるんだなって、それは非常に面白かったですね」
◇
この音楽界の軽やかな巨人は、きっと今日も、そして明日も何かに夢中になったり、飽きたりして、退屈するヒマもなく時を重ねていくのだろう。細野さんの自由な旅はひたすら「今」を楽しみながらずっと続きそうだ。

©2019「NO SMOKING」FILM PARTNERS
(取材・文=森直人 撮影=野呂美帆)
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December 10, 2019 at 10:19AM
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